Like a bird, like a cat, like a fish?

映画・落語・写真・ダイビングを中心としたお気楽人生ブログです。

都内散策で浅草に出かけた。

大賑わいの浅草寺
スカイツリー効果の影響大なり。

人ごみは嫌いなので、浅草寺の裏の奥浅草(?)散策とした。

最初に鷲神社を目指した。
今月は酉の市の月であるが、すでに終わったあとで閑散とした状態だった。

今年の酉の市は11月8日が一の酉、20日が二の酉でいづれも平日の開催。
今年は三の酉がなかったが、三の酉がある年は火事が多いといわれている。

なでおかめというのがあって、撫ぜながらお参りした。
『おでこをなでれば賢くなり
目をなでれば先見の明が効き
鼻をなでれば金運がつく
向かって右の頬をなでれば恋愛成就
左の頬をなでれば健康に
口をなでれば災いを防ぎ
顎(あご)から時計回りになでれば物事が丸く収まると云う』


鷲神社の裏に入るともうここは吉原。
街中にある小さな神社が吉原神社だった。

隅のところに、江戸末期、明治、昭和30年代の地図が添えられていた。
これを見ると当時の吉原遊郭の大きさが偲ばれる。
なるほど世界有数の巨大遊郭だ。(しかも政府公認)
だが遊郭は囲われており、遊女たちは酉の市以外には吉原を出ることができなかった。


すぐ近くに吉原弁財天があった。

昭和34年までひょうたん池というのがあったこの場所は、遊女の悲劇を物語る。
関東大震災の時に、大火災から水を求めてきた多くの遊女たちが、折り重なって亡くなったところだ。
慰霊碑が建てられているが、これは吉村昭著「関東大震災」に詳しく書かれていた。


銀杏の葉っぱを掃除している老人が近寄ってきて、説明してくれた。
この方は、父親が震災後のひょうたん池の写真を撮っていてそれを見せてくれた。
池を埋め尽くすほどの死体の山を捉えた衝撃の写真であった。
この老人は、遊女たちの無念と地震の怖さを伝える語り部である。
なお、ここで知ったのだが「極道の妻たち」シリーズの著者の家田荘子は出家していて、尼さんになっていた。
そしてこの弁財天には定期的に来ていて、不遇の遊女たちの魂を弔っていたのだ。

神社の周辺を抜けて、吉原大門に向かう。
ここは日本一のソープランド街になっていて、男の客引きが昼間から立ち並んでいる。
立ち並んだ男たちと建物とスカイツリーをバックに写真を撮りたかったが、さすがにその勇気はなかった。

妻と二人で歩いていたので客引きはなかったが、よく考えればこんなところで変なカップルに思われたのだろうか?


落語でおなじみの吉原大門跡に着く。
ここは柳の木一本(見返り柳)と石碑があった。

吉原を散策したことで、落語鑑賞の一助になることだろう。
さて夕方も近づき浅草に戻ることにした。


都会の紅葉も深まってきた。
  


途中に今戸神社に寄った。
夕暮れ時なのに女性ばかりがたくさんお参りしている。
ここは縁結び神社であった。

また招き猫の発祥の神社ともいわれ、カップルのネコがマークになっている。
招き猫の発祥の地は豪徳寺(世田谷区)だけではないのだな。

女性の一途な思いがいっぱい書かれた絵馬。

女性たちばかりが次々とお参りにやってくる。
人力車にのってやってきた着物姿の女性カップルもいた。


墨田川の土手にでた。
スカイツリーも堂々と立ちすくしている。

オブジェと重ねてこんなツリー。
浅草の水上バス乗り場について散策終了。