Like a bird, like a cat, like a fish?

映画・落語・写真・ダイビングを中心としたお気楽人生ブログです。

『リアリティのダンス』下高井戸シネマ

映画の冒頭から登場するアレハンドロ・ホドロフスキー監督の自伝的映画だ。
少年期に過ごした南米・チリのトコピージャという港町が舞台で、ホドロフスキー印に溢れた映像に一気見した。
同時期に公開されたドキュメンタリー映画『ホドロフスキーのDUNE』を少し前に観て思った。
この監督はあふれるイメージの表現を止めることが出来ないのだ。
それを表現するのは、映画が一番のキャンバスであった。
だが、映画でイメージを創りだすのは莫大に金がかかる。
だから、『DUNE』は当然の結末ながら破たんした。
今回の作品は、ホドロフスキーの家族に囲まれて創られた。
妻、息子たちが見守っていたから完成することができたとも思える。
過激な描写があるものも、家族の映画ともいえる内容で、鑑賞後幸福感につつまれた。
監督自身の芸術に対する真摯な言葉も心に響く。
85歳だが歳は関係ない。
枯れないエネルギーは放出され続けるのだ。
このような人は私の身近にいた。
映画美術監督木村威夫師だ。
師は80歳を越えてからとうとう自身が映画監督を始めてしまった。
ホドロフスキーも映画が撮れないときにメビウスらとコミック・アートの世界で創作していた。
このような芸術家がいつの時代もいるのであろう。
映画というキャンバスに向かう芸術家の登場を待ち望むのだ!
だから現状の映画界に失望ばかりしてられない。